『追いはぎと先生』

解説
 中江藤樹先生は、「良知(自分の心にもっている美しい心)」にしたがって行動するよう心掛けて生活していました。また、門人たちにもこの「知行合一」の精神を熱心に説きました。
 困っている人を見たら、親切にすることは当然だと言えますが、実際にそういう場面に出合うと、見ず知らずの人には骨を折りたくない」だとか、「めんどうなことには関わりたくない」などの気持ちが出てきます。
 一方、助けてあげた人から、感謝されたり、困っている人に親切にできた喜びなどを感じたりして、実際には親切にして良かったと思うことが多いものです。このような経験を重ねることで、ごく自然に実践できるようになるものです。
 この「追いはぎと先生」の話は、中江藤樹先生が、伊予の大洲から郷土の小川村に帰ってから後の実話が語り継がれたものです。藤樹書院で門人たちに教えるかたわら、近隣地域へ出かけて村人たちに講釈をしていたころの話です。病気になった子どもの看病の仕方を近所の村人に、丁寧に教えました。またある時は、増水で崩れた小川の石垣の保全について、教えを請いに行くと、すぐに現場に出向いて土木工法を教えるなど、労を惜しまず、親切に接したと伝えられています。
 藤樹先生のこのような生き方は、小川村はもとより、近隣の村人にも大きな感化を与えました。人々は、講釈からだけでなく、良いと分かっていることは、すぐに実行に移す藤樹先生の後ろ姿からも、多くのことを学んだからでしょう。
 藤樹先生が見知らぬ馬方を、率先して助けたと伝えられる「追いはぎと先生」の話は、低年齢の子どもたちにも分かりやすい展開です。会話文を多く使うことで、分かりやすく親しみやすい内容としてとらえてもらうことを願って、馬方の相棒である馬の「クリ公」にも、会話の仲間入りをしてもらいました。
この紙芝居を見た子どもが、中江藤樹先生の人柄に親しみを感じ、自らも気軽に親切な行いができる、意欲のある子どもに育つことを願っています。
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生 今から、四〇〇年ほど前のことです。
ここは近江の国 小川村、藤樹先生の家の前です。小鳥たちが元気よく チーチーと鳴いています。まぶしい朝のお日さまが、きらきらとかがやいています。きのうからふりつづいた雨が、ようやくやみました。
藤樹先生が、家から出てきました。
藤(藤樹先生)「おう、いい天気になって良かったなあ。そこらじゅうが水たまりになっているぞ。着物をよごさないように気をつけて行こう。それでは行ってきまーす。」
藤樹先生は、となりの村にでかけていきました。
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生 おや、向こうの方から、荷車がやってきました。
馬方「このあたりは、道がぬかるんで歩きにくいな。おい、クリ公(馬の名)、気をつけて行こうぜ。道のふちがやわらかくなっているから、はまるなよ。おれも気をつけるからな。」
馬「ヒヒーン、おやかた 分かりました。気をつけて行きますよ。」
 馬方が注意しながら、クリ公を引いていたのに、たいへんなことになりました。
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生 馬方「おっとっとっ、荷車が傾いたぞ。」  
荷車の輪が、やわらかくなっていた道のはしっこを踏んでしまい、田んぼの中にはまってしまったのです。
馬「ヒヒーン、おやかた。どうしましょう。」
馬方「おうい、クリ公。思いっきりふんばって引け。」
馬「ヒヒーン、ムムムー。がんばっているんだけど、荷車が重すぎて動きません。おやかた、いっしょに引っ張ってくださいよう。」
馬方「よし、おれは、輪をかついでみよう。」
馬方は、馬のたづなを離して、荷車の輪のところへ行きました。
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生 馬方(力をこめて)
「よいしょ、よいしょ、それ、どうだ。クリ公もがんばれ、よいしょしょ。よいしょ、よいしょ、それ、どうだ。」
馬方は、荷車を押し上げながら、馬をはげましました。
しかし、ますます田んぼにめり込んでいきます。
馬方 「困ったなぁ。どうしても輪が抜けないぞ。」
馬  「ヒヒーン。おいらも 力をいっぱい出したのに、うごかないや。
おやかた、どうすればいいんでしょう。」
馬方 「困った なぁ。どうしようかな?うーん。」
そんな様子を村人たちが、遠くから見ていました。
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生 馬方「ああ、だめだ。動かない。だれか、手伝ってくれる人がいないかな。
(大声で)だんな方、手伝ってください。お願いします。」
村人1(となりにいる村人に向かって)
  「あんたは、力が強いだろう。手伝ってやりなよ。」
村人2「おれは、腰痛を起こしてな、痛くて手伝えないよ。お前がやれよ。」
村人1「おれは、えんりょする。たくさん米俵を積んでいるから、重すぎるんだよ。おれは、いやだね。」
なんだかんだと言いながら、村人たちはだれ一人、助けようとする者がありません。
馬方「しかたないや。米俵を降ろして、荷車を軽くしようか。クリ公。あとで、もう一度たのむよ。」
馬「おやかた、たいへんだけど、がんばってくださいね。」
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生 馬方は、米俵を降ろしはじめました。
馬 「おやかた、せっかく、積んだのを降ろすのはいやですね。」
馬方「こうなりゃ仕方がないよ。クリ公は、ふんばっているんだぞ。」
馬方が米俵をかついで降ろし、二俵目に手をかけたその時です。
用事を済ませた藤樹先生が、田んぼ道にさしかかりました。
藤 「おやっ、 荷車が田んぼにはまっているな。」
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生 藤 「馬方さん。(大きな声で呼びかける)困っておいでのようですね。
米俵を降ろすのは、たいへんでしょう。降ろさなくても、私が荷車を押しますよ。」
馬方「どこのどなたさまかは存じませんが、そのお姿では、着物が汚れま す。自分で何とかやりますから。」
藤 「力を合わせた方が、いいに決まっていますよ。汚れたものは洗えばいいのだから、遠慮はいりませんよ。」
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生 藤  「馬方さん、私は、どこを押すといいのかな?」
馬方「だんなさま、ありがとうございます。それでは、荷車のうしろから、力いっぱい、押していただけませんか。」
藤  「分かりました。そうしましよう。」
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生 藤樹先生は、荷車のうしろに回りました。
 藤 「馬方さん、押しますよ。そーれっ。よいしょ、よいしょ。」
すると村人のだれかが言いました。
村人1「あっ、藤樹先生だ。あんないい着物のままで、田んぼへ入られたぞ。」
村人2「おれたちもぼんやりしていては、だめじゃないのか。」
村人3「それに、一人でも多い方がいいよな。」
村人達「みんなで手伝おうよ。」
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生 見ていた村の人たちも、急いで荷車のうしろにいきました。
 みんな「よいしょ、よいしょ。もう少しだぞ。」
 馬「ヒヒーン。荷車が軽くなったぞ。がんばろう。」
 馬方「皆さん、もう少しで、ぬけそうです。」
 (紙芝居を見ている子どもたちに向かって、「みんなも応援してあげようよ」と声をかけても良い。自由に声援を送らせる。)
 みんな「ソーレ。どっこいしょ。」
 馬方「はぁ。ようやく上がった。(大声で)よかったぁ。バンザーイ。」
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生 馬方は大喜びで、藤樹先生に、礼を言いました。
 馬方「だんなさま、ありがとうございます。だんなさまが手伝ってくださったので、こんなに早く荷車があげられました。この恩は、一生忘れません。ほんとうにありがとうございました。」
 藤「良かった、良かった。
でも、決して私一人だけの力ではありません。
村の皆さんがいっしょになって、力を貸してくださったお陰です。(温かい声で)お礼は皆さんに言ってください。」
 藤樹先生は、にこにこ笑いながら、足のどろを洗い、着物のどろをはらうと、何事もなかったかのように、立ち去りました。
藤樹先生紙芝居 追いはぎと先生 馬方「皆さん、ありがとうございました。あのだんなさまと皆さんのお陰で、荷車を引き揚げることができました。」
村人1「馬方さん、あのお方がどなたか、知らないのかい。」
 馬方「はい、どなたさまで?」
村人1「藤樹先生といってな、村の者はみな、立派な人だと感心しているのだよ。」
 馬方「はあ、藤樹先生というおかたですか。ほんとうに、親切で心のやさしいお方ですね。」
 村人2「藤樹先生が、迷わず馬方を助けに行かれた時は、びっくりしたなぁ。困っている人がいたら、すぐに、親切にしなくてはいけないことがよく分かった。馬方さん、ごめんな。」
 馬方「皆さんが力を合わせて、助けてくださったからこそ、楽に荷車を上げることができました。うれしかったです。」


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