『馬方又左衛門』

解説
 「正直で誠実な馬方又左衛門」として名を残した若者は、西近江路の川原市(現高島市新旭町安井川)に実在した『中西又左衛門』という人です。豪農で広い田を家族と耕作するかたわら、人や荷物を運ぶ馬方の仕事をしていたのです。又左衛門は、時間があると、夜は、小川村の藤樹書院に通い、先生の『良知の教え』を学びました。父の後を継いで家業に勤しみ、晩年は、川原市の庄屋を務めた徳の厚いりっぱな人であったと伝えられています。
 このお話の湖畔に登場する『藤樹先生』は、細々と一人住まいをしていた母に孝養を尽くすため、四国の大洲藩を脱藩して生まれ故郷の小川村にもどっていました。先生の学徳を慕って、大洲や京都、近江各地から、門人たちが学問所(現在の藤樹書院)で勉学に励んでいました。先生は門人だけでなく、村人たちにも心のもち方や、人間としての生き方を教えました。又左衛門も、そのひとりです。藤樹先生の『良知の教え』を学び大切にして暮らしていたのです。
 物語は、馬方又左衛門が、殿様の命令を受けた加賀の飛脚を、川原市から、七里(約三十キロメートル)離れた榎の宿(現在 大津市和邇)まで乗せた日の実話に基づいたお話です。
 又左衛門は往復十四里(約六十キロメートル)も馬を引いて歩き、一日の仕事を終えた時、大金の忘れ物に気づきます。飛脚が困っているだろうと考え、疲れた体も厭わず、榎まで一心に走って届けました。宿屋へ届けた時の、誠意とすがすがしい言動が、飛脚やその場にいた人々に大きな感銘を与えました。
 この話には、「正直馬子」あるいは、「正直馬方又左衛門」等、ほとんど「正直」が付けられてきました。一般の庶民が大金を手にする機会は、ほとんどなかったというこの時代です。大金を目にすれば、心が揺れるのが当たり前であったことを背景に考えますと、この話が、驚きと大きな感動を持って語り継がれ、馬方又左衛門に「正直」という称賛の言葉が付けられたと思われます。
 しかし、この紙芝居では、題名に敢えて「正直」という言葉を付けませんでした。馬方の行為は、もっと奥深い「相手への思いやり・真心・誠意・知行合一の精神」に基づく行為であると考えたのです。そこで一つの価値観でまとめず、子どもたちの豊かな感性で、又左衛門の「良知の心」を感じ取ってほしいと願っています。
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門 ここは、琵琶湖の西岸、「川原市」(現高島市新旭町安井川)という宿場(駅のこと、宿屋が多い)です。今日も、旅人や町の人で、にぎわっています。
 又左衛門は、この職場で、馬にお客さんを乗せて運ぶ馬方の仕事をしている若者です。
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門 ある日、又左衛門は、朝早くこの川原市から、「榎の宿」(現 大津市和邇)まで、お客さんを乗せて行くことになりました。
又 (又左衛門)「お客さん、それでは出発させてもらいます。」
飛脚「馬方、どうかよろしく頼みますよ。」
又 「お客さんは、びわ湖の方ははじめてですか?」
飛脚「私の仕事は、飛脚ですから、こちらの方は何度か来ていますよ。(間をおいて)しかし、このびわ湖は、いつ見ても大きくて美しいですな。」
 こんな話をしながら、八里ばかり(約三十キロメートル)南の「榎の宿」の宿屋まで、お客を送りました。又左衛門は、馬の首をなでながら、「さあ、もう一度川原市までがんばろうや」と、声をかけ、来た道を戻って行きました。
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門 川原市までようやく戻った又左衛門は、「今日は一日中、よく歩いたな。ご苦労さんやった、疲れたやろう。」と、馬にやさしく声をかけ、水を飲ませました。空は夕焼けで赤くなっていました。又左衛門は、馬の背中から倉を下ろしたところ、どさっと重い包みが落ちてきました。
又「あれっ、何だこれは・・・・?」 
・・・・(残り、半分をさっと抜く)・・・・
又左衛門は、その袋を拾い、袋の中を見て、「わぁ」と、大きな声を上げました。中には、たくさんの小判が入っていたのです。数えてみると・・・・、
又「わぁ、二百両(現在の約二~三千万円)もある。たいへんや。」
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門 又「どうしてこんな所にお金があったんやろう?あっ、先ほどの飛脚さんかな?なくしたらあかんと思って、しまい忘れたんやろうか。きっと、そうや。たくさんのお金をなくしたと思って、困っているぞ。早く届けてやろう。」
又左衛門は、急いで馬にえさを食べさせ、休ませました。それから、大切な小判の入った袋をふろしきにしっかりと包み、自分の体にくくりつけ、ふたたび榎に向かって、走り出しました。赤い日は沈み、周りはすっかり暗くなりました。
しばらく走ると、又左衛門の足は、いたくなってきました。急いで出て来たので、腹も減ってきました。足が思うように進みません。又左衛門は、くじけそうになりましたが、飛脚のことを考えて、自分を励まして走り続けました。
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門 さて、榎の宿では、飛脚が体をぶるぶると震わせながら、宿屋の主人や、お客たちに泣きつくように言っています。
飛脚「お金がない。どこかで落としてしまったのか。いくらさがしても、お金の入った大事な袋がないのです。加賀のお殿様から預かった大事なお金です!。あぁ、どうしよう。お金が出でこなければ、私は打ち首になる。私ばかりか、家族も重い罪になってしまう。」
宿の主人は、驚いてたずねました。
主人「一体、その袋には、いくら入っていたのですか。」
飛脚「二百両です。」
主人「えっー、二百両も!」
宿の主人もまわりにいた泊まり客たちも、こしが抜けるほど驚きました。みんな「たいへんだ、みんなで捜してあげよう。」
 宿の主人と、泊まり客たちは、庭から建物のすみまで、一生懸命捜しましたが、やはり見つかりません。
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門 飛脚「あー、もうこれまでだ。私の人生は終わりだ。ウウッー。」
とうとう、飛脚は泣き出しました。
 みんな「かわいそうだけど、そんな大金はもう返ってこないよ。」
 みんな、気の毒そうに飛脚を見ながら、言いました。
・・・・(ここで 全部を抜く)・・・・
 その時です。ハアー、ハアーと息を弾ませながら宿屋に飛び込んできたのは又左衛門。飛脚の顔を見つけると、大声でたずねました。
又「飛脚さぁん。何か忘れ物をされませんでしたか。」
飛脚「お殿様から預かった大事なお金をなくしてしまったのです。何か知りませんか。」
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門 又左衛門は、流れる汗も拭わず、体にくくりつけていた包みを大急ぎで開けて見せました。
又「飛脚さん。これと違いますか?家に戻って、馬の鞍をはずしていたら、その間から落ちてきたのです。」
飛脚「そ、それです!、それです!」
言うなり、飛脚はへなへなと座り込んでしまいました。
又「くっと、飛脚さんのや、困っておられるやろうと思って、大急ぎで来ました。・・・・・・ああ、来て良かった。それでは、中身をしっかり確かめてください。」
 飛脚は、震える手で袋のお金を数えました。お金はきっちり二百両ありました。
飛脚「はい、二百両、確かにあります。」
 飛脚は、袋を手にし、心から喜んでポロポロ涙を流しました。
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門 飛脚「ありがとうございました。あなたは、私の命の恩人です。」
 飛脚は、何度も何度も、おじぎをしてお礼を言いました。周りにいた宿の主人やお客たちは、手をたたいて、自分のことのように喜びました。
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門 又「飛脚さんに会えて、本当に良かった。会えなかったらどうしようかと、心配しましたんや。・・・・ああ、ほっとしました。それでは、これで安心して帰れます。じゃあ。」
 大金を飛脚に渡した馬方は、帰ろうとしました。飛脚は、あわてて、別の財布から十五両を取り出しました。
飛脚「馬方、ちょっと待ってください。命の恩人には少ないのですが、お礼にこれをどうぞ、受け取ってください。」
又「私は飛脚さんの大事なお金を届けに来たんです。当たり前のことをしただけです。お礼はいりません。」
馬方は受け取ろうとしません。飛脚は、十五両を十両に、五両に、それでは一両だけでもと、少なくしても、馬方は「いらない」と言うのです。周りにいるお客たちが言いました。
みんな「飛脚の気持ちだから、少しはもらってあげなさいよ。」
又「それなら、今ごろは休んでいるところを、ここまで届けた駄賃(運び賃)に二百文(約五千円)いただきます。」
みんな「たったの二百文かい。」
みんなは、又左衛門の言葉に、思わず声を上げました。
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門 又「宿屋のご主人、すみませんが、私はこの二百文で、飛脚さんと、いっしょにお酒が飲みたくなりました。どうぞこのお金でお酒とおつまみを用意していただけませんか。」
宿屋の主人は、喜んで酒とつまみを運んできました。又左衛門は、みんなにお酒をすすめて、自分もおいしそうに飲みました。主人もお客たちも、喜んでお酒を飲みました。
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門 飛脚「馬方は、心のきれいな人ですな。感心しました。どこのどなたですか。」
又「飛脚さんが馬に乗られた川原市の者です。名を名乗るほどの者ではありません。」
飛脚「あんな遠くから、届けてくださったのに、礼もいらないというのは、どうしてですか?」
又「たいへんな忘れ物だったので、きっと、お客さんが困っておれレルだろうと、心配して急いで来ました。・・・・ただ、私は尊敬している先生の所で、いつもいつも良い話を聞かせてもらっています。私だけでなく、たくさんの人が、先生から聞いたことを思い出して、正しいことを行うようにしています。」
飛脚「その先生というお方は、どなたですか。」
又「川原市の近くの小川村という所に、中江藤樹先生というお方がおられます。先生から『正しいと思うことを行いなさい、親を大切にしなさい、正直に暮らしなさい。』などと、教えてもらっています。」
馬方の話を聞いていたみんなは、そんな立派な先生がおられることに驚きました。そして、その教えを勉強し、守っていることに、心を打たれました。
藤樹先生紙芝居 馬方又左衛門 又「皆さんとおいしいお酒をいただきました。ごちそうさまでした。それではこの辺で帰らせてもらいます。」
 馬方又左衛門は、にこにこと笑顔で宿屋の人達に手を振りながら、暗くなった道を帰っていきました。

この真心あふれる馬方又左衛門の話は、後に人から人へと伝えられ、四百年たった今も、川原市に、その立派な行いを褒め称えた記念碑が建っています。         (おしまい)


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